厳しい論告求刑でした

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先週と今週2週連続で3回、夫の事件の裁判があり結審しました。

逮捕されてからとても長く感じた毎日でしたが、最後、裁判の結審までが一番長く感じました。

夫の情状証人として法廷で話す機会がありましたので、余計に長く感じたのかもしれません。

針のむしろに座らされているような気持ちでした。

そんな10日あまりで、何も手がつきませんでした。
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厳しい論告求刑でした。

2回目の裁判では、私の最後の妻としての仕事でもある情状証人の先に立ちました。

そして3回目の裁判では夫の事件に対する夫への求刑が論告されました。

求刑は2年でした。ショックでした。

夫は前科前歴もなく、初犯ということで情状証人でも寛大な処置(判決)をお願いしますと、裁判官に述べた私ですが、検察の求刑は非情にも2年でした。

求刑2年がどういう意味を持つか、それは弁護士の先生から伺っていました。

また、夫からも詳しく説明を聞いておりました。

もしかしたら執行猶予で釈放されて社会復帰という、楽観的な目論見は外れているのかもしれません。

と言いますのも、通常は初犯の人に求刑がされる場合、予め検察が執行猶予妥当と思える被告には、求刑の際に最初から1年半年、2年半年という半年求刑がなされるケースが多いのです。

逆に求刑1年、求刑2年、3年とキリのいい年数ですと、厳しい判決を求めますという意味になるそうです。

もちろん判決を下すのは裁判官ですが、夫が受けた求刑2年はもしかすると執行猶予なしの実刑1年2ヶ月というような厳しい判決になる可能性の説明を弁護士から受けました。

私は、事前にそのような暗黙のルール?のようなことを知らされていましたので、傍聴席で求刑2年と聞いた時は思わず検事の表情を見てしまいました。

「嘘でしょ」という気持ちでした。

ですが、起きてしまったことは仕方ありません。

何もかもが、そのような「仕方ない」と考えてしまう、そう考えるしかありませんので、悔やんでも恨んでも、もはやここまでくると誰が悪いと追求したところで何も変わらない。

そんな心境ですですので、求刑2年ということは、もうそれ以上時間を超えることはないと逆に考え、最悪でも後2年でこの事件は終わる、区切りがつくと先が見えない中で最悪のゴール地点だけは指定されたと考え直しました。

どんなに長くとも後2年なんだと、そう思えたのも事実です。

もちろん全面的に非があるのは、事件を起こし罪を犯し、被害者に迷惑をかけた夫ですが、逮捕起訴されて以降、何ひとつ私たちの思うように物事が運ばないこと。

私たちの望む展開に何ひとつならなかったこと。

それが無力という形で自分に跳ね返り、現在の貧困生活の力のなさに結びつくような、そんな情けない感情もこみ上げてきました。

ですのでいかなる厳しい判決が下されようと、私が悪いことをした訳ではないのですけど、夫婦として過ごした時期に起きた事件でもありますので、甘んじて受け止めなければならないと思う次第です。

夫の逮捕事件以降、気持ちの晴れることが1日もなく、疲れきってしまいましたが、本当にあと少しです。

今はパートも、長期休養をとらせていただき落ち着いた日々を心がけております。

そうでもしないと身が持たない張り詰めた気持ちに、また差し迫る何かに怯えるような暮らしに耐えられません。

犯罪を犯して虫のいい話しですが、願わくば・・・

執行猶予付きの判決で社会復帰させてもらい、もう一度やり直すチャンスを夫にあげて欲しい。

そんなような私の情状証人を、裁判官が汲んでくださるの願うばかりの祈るしか残された手だけがありません。

同時に、これまでの貧困生活がそうであったように、なるようにしかならないという半分開き直りの境地でもあります。

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