ひとり暮らしの貧困女性の離婚と脱力感

投稿日:

役所にこそ提出していないものの、離婚届を拘置所で宅下げ(夫から私へ渡すもの)してきて、ひとりで住むには広すぎる自宅で一人暮らしを実感しています。

一人前の料理を作ることも慣れてしまっているはずなのですが、改めて「ひとり」を感じています。

間取りも夫の荷物もそのままで何も変わらないはずなのに・・・

ひとり暮らしの貧困女性の離婚と脱力感

やけに広く感じるスペースの中、思考力も薄れているような気がします。
スポンサーリンク

離婚ひとり暮らしが始まる貧困女性として。

昨日の拘置所での面会室でアクリルの透明板に、夫が張り出さすように見せてくれた2人の署名サイン入りの離婚届け、その光景がいまだに目に焼きついてます。

離婚を決意し積極的になった私は、それ以降こういう日が来るとは思っていましたが、まさか拘置所の面会室で張り出されるように「見せられる」とは思っていませんでした。

誰もみていないのですが、どこかに張り出された感覚もあり、やはりその光景を思い浮かべると涙が出そうなほどショックです。

しばらく後遺症を引きずるのかもしれません。

ひとり暮らしの貧困女性の離婚と脱力感

しばらくなのか、ずっとなのか分かりませんが、そのショックを引きずりそうです。

そのせいで無気力、無感情となり、今日は本当にマズイのですが、パートを急欠させてもらいました。

パートを休んだ分は時給が引かれますので、また生活が苦しくなりますが、今日は(離婚届を手にした翌日)お客様にも恐怖を感じとても接客が勤まるとは思えずお休みさせてもらいました。

離婚の脱力感に浸されています。

夫婦で、新型貧困として頑張ってきたわけですが、もう頑張る必要がない錯覚や解放感もあり、そういう感情を離婚の脱力感が覆っているようです。

今にも降りそうな雨雲で絶対に降らない雨が約束されているのにも関わらず、雨が降る心配をしているといった・・・自分でも整理がつかない気持ちを抱えています。

ぼんやりと抜け殻。

貧困生活から抜け出そうと、貧乏家計のやり繰りを頑張ろう、今月も借金返済は何よりも優先しよう等は、私にとって、せめてもの抵抗だったのかもしれません。

その頑張ろうという抵抗する気持ちも湧かなく、せめてブログ(ネット)でもして何かと繋がることで、貧困女子に戻ってしまった自分を見失わないようにしておこうと思った次第です。

-隣の貧困女子
-

Copyright© 貧困女子の放課後 , 2018 All Rights Reserved.