いま抱えている自責の念は手紙で逃げました

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保釈金を用意することは新たな借金となるため、これ以上の生活への経済的負担は大きすぎると躊躇う私なのですが、一方で「ここで借りないで」今まで何に借金してきたんだという自責の念もあります。

借金を債務整理してから今日までのお金のない暮らしの中で、よく分かってはいないのですが、身につまされてきたものがありますので、同じ借金でもその中身の価値を考えて比べてしまっています。

借金の債務整理から何も学んでいない現実

生きていく限り、お金が付きまとうのだと実感しています。
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借金に対する、そんな自責の念は手紙で逃げました。

夫からの手紙も私が出す手紙も、ある面「一方的な連絡」ですので、夫はガッカリすることと思いますが手紙で「保釈金は準備できない」旨を手紙で送りました。

おそらく明日あたりに、手紙を読んで夫は知ることになると思います。

私にとっては逃げでした。

こんな事件(拘置中)の最中ですので、弁護士の先生が夫に「保釈許可」を内緒にしておきましょうと言われても、もしどこかで発覚した場合、私は夫より弁護士を信頼していると・・・そう夫に思われることも危惧しました。

どう思われてもよいのですが、それでは夫が可哀相、離婚するとはいえ夫婦としてそれはないと思いました。

かと言って、面会で落胆する夫を見るのも嫌なのです。

借金の債務整理から何も学んでいない現実

嫌ということはないのですが、事件をおこし逮捕されて以来、お互い落胆することばかりでしたので、もう既に一生分の辛酸な表情は見た気もしていますので、慣れという意味で嫌ではないのです。

ただ落胆する夫、それを伝えた私との間に流れる空気(雰囲気)に疲れてしまっているのです。

まして先々、夫の社会復帰を待って離婚届を提出しますので、その話も絡んでくると考えますと、今の私には抱えきれないなと思い、手紙で連絡をしました。

債務整理から何も学んでいない現実。

私は任意整理という形で借金を整理し、それから1日も遅れずに返済(支払い)してきています。

途中、夫婦で無職無収入の新型貧困生活に陥り、本当にお金がない時も物を売ってお金を工面して返済してきました。

その生活苦の時に、捨てているお金(債務整理した借金)と使うべきお金の違いがあることを貧困生活の現実で味わった気がしています。

その時の感覚からしますと・・・

今回の保釈金は「使うべきお金」と思っています。

それは、私にとり借金してでも必要な使うべき価値のあるお金の部類なのです。

ですが、逃げてしまいました・・・しかも手紙で連絡という形で。

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